もよごーどん

たのしい時間、幸せな瞬間にあふれる人生を追い続ける。

学校や塾で出会った『尊敬できる先生』の何%が過労死ラインを越えて働いていたのだろうか。

 もよです。

以前 こんなのを書きました。

moyolog41.hatenablog.com

学校の先生にだけは絶対になりたくないと思った理由の一つ。

それが「労働環境の悪さ」でした。

 

あんちゃさんのこのツイート見たらそれを思い出しちゃって。

 

「ですよねええええええええ」って叫びたくなった。

 

自分が小中学校に通っていた時に、お世話になっていた先生方。

特に「この先生は素敵だ、尊敬できる、信頼を置ける」と思った先生は、もしかしたら過労死ラインを超えるくらいに子供たちに尽くしてくれていた先生だったのではないかと思うと、苦しくてたまりません

保健室の先生のおかげで、不登校は免れた。

過去記事にも書きましたが、私は小学5・6年生の時の学級崩壊をきっかけに、学校の先生という職業を嫌いになりました。

どれだけ苦痛を訴えても、反抗期の子供がまたワガママを言っているとしか捉えてくれない大人が大半だったからです。

私たちが「12歳だから」という理由で、「首を突っ込んだら面倒だから」見て見ぬふりをする。声が届かない。

 

でも保健室の先生だけは、話を聞いてくれたと、たまに思い出します。

声が届かない悔しさと悲しさで感情がぐちゃぐちゃになり、泣きわめきたいような気持ちの時に、ちゃんと泣く場所を作ってくれた人が保健室にいた

 

信頼を置ける先生は一人もいない。

どれだけ訴えても耳を貸してくれない。

私はただ授業をきちんと受けたいだけなのに、それが叶わない。

 

だからあれだけ学校に嫌悪感があったのに、不登校にならずに済んだのかもしれない。

 

子どもを1人の人間として見てくれた先生は、一握りだった。

知識も、思考力も、まだまだ幼さの残る10代前半の学生から支持を得ていたのはどんな先生だったか。

それは「子どもを子ども扱いせず、一人の人間として見てくれる人」だったんじゃないかと思います。

 

自分の感情や、行動の理由について、言葉で上手に説明することができない子どもだった私たちのことを、全力で理解しようとしてくれた人。

反抗期真っ盛りで手の付けようがないと思われるような生徒とも、真正面から向き合ってくれた人。

そのような先生に出会えた回数はとても少ないけれど、確かにいました。

 

そして、このような先生がきっと過労死ラインを越えて働く先生の代表格だったんじゃないかとも思っています。

 

熱血先生こそ、楽しく働き続けていて欲しいと願う。

私も、学習塾で働いていた頃は「楽しいから」大丈夫だと思っていました。

子どもたちの笑顔のために何かをすることに対して、苦痛やストレスを一切感じなかったため、どれだけ長時間やっても大丈夫だと思っていたのです。

 

でも、子どもが大好きだったからこそ、子どもを大事にしておらず人間として扱っていないサイコパス上司の方針に従い続けて働くストレスに耐えられませんでした。

大好きだったからこそ、あまりにも尽くそうとしすぎてしまって自分の健康管理を怠りました。

学校・学年・学力がばらばらの生徒1人ひとりに合わせた「オーダーメイド」の個別指導授業を実現しようと思えば思うほど、自分を追い込むことになっていきました。

 

もっと自分のことを大切にしていれば、健康管理や精神衛生に配慮して働いていれば、長く楽しく勤務できていたかもしれないと今でも強く思います。

 

子どもに対してまっすぐに向き合うことのできる熱血先生、大好きです。

そういう先生がもっと増えてほしいなと心から思うからこそ、そのような方々の労働環境は本当に気がかりなところです。

「がんばってくれてるから大丈夫」では、ダメなのです。

 

どうすれば子どもたちにより良い教育を提供していけるのか。

熱い心を持った素敵な先生に、もっと楽しく働いてもらいましょう。

 

先生方の労働環境を整えるためにはどうすればいいのか。

2020年の教育改革に向け、実際に現場で教壇に立ち実行する人々の働き方にについても大幅な改革ができたらと心から願います。

 

家に帰って休む時間が取れるような働き方をして、毎朝笑顔で子どもたちと「おはよう」と言ってくれるような先生が一人でも増えてくれたらいいな。